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デジタルビデオカメラ

今週のお題「新しく始めたいこと」

 

 

はてなを始めてまだ数日の私。使い方や仕組がまだよくわかりません。

 

仕方ないので、とりあえずサイトにある「ブログチャレンジ初級」に挑むことにしました。今回は、今週のお題「新しく始めたいこと」に沿って書いてみたいと思います。「デジタルビデオカメラ」についてです。

 

私、この歳になってといいますか、上の子供がもう中3になろうというのに、今まで1度として、デジタルビデオカメラを使ったことがないんです。

 

若い頃会社の上司にテープタイプのビデオカメラを貰ったことがあるのですが、使いませんでした。その後もずーっと所有もせず借用もせずに過ごしたのですが、ある理由からやっと昨年の秋、電気店で特売だった3万円位の機種を買いました。でも、使いませんでした。

 

参考までにデジカメは使いました。随分いろいろなものを撮りました。

 

さて、それではなぜビデオカメラを取り入れなかったのでしょうか。

 

それは、長男が幼稚園の年少に途中入園し、初めての園内行事である「クリスマス会」の数日前までさかのぼります。自宅で妻と話したのが思い出されます。

 

 

私「もう今度の日曜、クリスマス会だね。あいつちゃんと園歌覚えたのかなあ」

 

妻「結構しごかれてるみたいだから大丈夫なんじゃないの?」

 

私「ふーん。当日は、どこのうちも親御さんみんな来るの?」

 

妻「うん、ほかの家に聞いても、ここの園は親がすごく本気なんだって。当日はぎゅうぎゅうらしいよ。」

 

私「みんな、写真とかとるんだろうな。」

 

妻「早く行って前列場所取りらしいよ。でも演奏している学年が変わると、客席側も前列と入れ替わるんだって。」

 

私「ふーん、ところで、俺前から思うんだけど、ビデオカメラでとった映像って、何回くらい見るんだろうね。」

 

妻「知らないけど、当日終わって家帰ってからみんなで1回見直すだけじゃない?」

 

私「そうだよなあ。でも考えてみたら1回の行事で2、3時間のデータが、今後行事の数だけ山のようにたまるわけだろ。アルバム見たいにパッパッとは見直せればいいけど、そうはいかないだろうし。それに規格が変わったとか、磁気でやられたとかいったらアウトだもんなあ」

 

妻「そうよね。ま、だけど子供のためにいつか見るかもしれないから、記録として保存しとこうってとこなんだろうね。」

 

私「そうだろうなあ。だけど俺ねえ、もうひとつどうしても気になることがあるんだよね。

 

妻「なにが?」

 

私「だってさあ、ビデオカメラで撮ってる人ってさあ、自分の子供を見てるんじゃなくて、自分の子供が映っている画面を見てるわけじゃん。子供をみてないはずなんだよ。」

 

妻「まあ、そういうことになるよね。」

 

私「目の前の子どもがいまどうしているかより、きちんと記録されているかの方に注意が向くんじゃないかなあ。例えば、ピンとは合ってるか、とか画面からはみ出てないか、バッテリーは大丈夫か、などなどさ」

 

妻「そうよね。折角撮るんだったらきれいに撮りたいだろうしね」

 

私「俺さあ、あいつをそのときそのまま、ナマで見たいんだよ。ビデオに撮ると、撮ってるときもナマじゃないし、家帰って見てもナマじゃないじゃん」

 

妻「でもどうするの? 将来子供に何にも残してないっていうのは」

 

私「それだよなあ...そういうときが来たら...謝るよ。お前らには悪いと思ってるけど、俺たちはいつもいつもその瞬間その瞬間を、この目で見続けたかったんだよって話すよ。そういう贅沢、させてもらおうよ」

 

妻「そうねぇ...。だけどほーんと、ウチって変わってるよね」

 

 

 

そんなわけで、とうとうビデオカメラを使い始めるチャンスを逸し、当家に残っている子供の映像のほどんども、実家やご近所、また子供のお友達のお宅からのプレゼントで占められています。

 

さて、それではなぜ、翻って昨年の秋にビデオカメラを購入したかについてです。

 

近年の私は、勤務先にての繁忙が極まってしまい、子供や家庭を顧みられなくなってしまいました。

 

先の妻との会話の内容、つまりナマで見るということには前提条件があり、それは私自身がこの生身の体でイベント会場に赴かなければならないということなのです。

 

まったく出来ていない...。

 

気が付けば、昨年は下の長女が小6になっており、最後の運動会がすぐそこまで来ていました。娘の小学校は1学年1クラスの小さな学校。6年生は誰もが下級生たちを取りまとめる花形です。

 

「最後くらい、撮ってやるかな...」

 

 

残念ながら当日私は体調を崩してしまい、撮りに行ってやれなかったのですが、このようなわけで当家にビデオカメラがやって来たのです。

 

 

 

さて、今週のお題は「新しく始めたいこと」、そして「デジタルビデオカメラ」でした。それについて簡単に書きます。

 

つい先ほどなのですが、中3の長男が「おとうさん、明日時間ある?」と現れました。聞けば、理科展の発表があるので会場まで車で送ってほしいということでした。

 

私はたまたま明日フリーだったので快諾したのですが、出来れば発表も聴いてもらいたいし、それにまた出来れば...

 

 

 

 

「ビデオ撮って!」

 

 

 

 

ほんとは子供からすれば、今までだって、来て、そして撮ってほしかったんでしょうね。

 

 

ただいま一生懸命取説めくりながら明日のリハを行っております。

 

 

ということで、今日は今週のお題「新しく始めたいこと」を受けて「デジタルビデオカメラ」についてご案内いたしました。

 

 

 

 

下宿時代にかかわるいろいろな味

お題「思い出の味」

 

はてなを始めてまだ数日の私。使い方や仕組がまだよくわかりません。

 

仕方ないので、とりあえずサイトにある「ブログチャレンジ初級」に挑むことにしました。今回は、「お題スロット」より、「思い出の味」に挑戦してみたいと思います。「下宿時代にかかわるいろいろな味」のお話になります。

 

 

私は中学卒業とともに実家を離れました。田舎の我が家から50km離れた母校までは通えないという事情からでした。

 

私の中学校からは毎年1人位がその母校に入学したのですが、みんな事情は一緒ですがら、先輩達も実家を離れていました。

 

そしてそんな私たち田舎少年の受け皿となる宿が、高校の近くにありました。

 

この地域は昭和20年に壊滅的な空襲を受けたそうですが、その宿はそこで焼け残って来たような築数十年の2階建ての長屋で風呂はなく、当時72歳のおばあちゃん1人が朝晩の食事と洗濯の面倒を見てくれました。

 

私が入寮した時は1年上の先輩、もちろん中学でも先輩だった方がいて、また冬の時期になると、あのほとんど聞き取れない方言からは、出身地も推測困難な行商の箒(ほうき)屋さんが、1、2カ月泊ってゆくのでした。

 

箒屋さんがやってくると2階は煙草の匂いがするので、毎年すぐに気がいたものです。よく1階のこたつで下宿のおばあちゃんと2人とも大きい声で何やら話しているのが聞こえたのを覚えています。

 

 

 

さて、おばあちゃんの毎度の食事は、長年やってるだけのことはありますね、バリエーションもいろいろあり、和洋中ともおいしかったと思います。それに私たちの世代のことも考えてかいつも食べきれないほどのボリュームでした。

 

起床の時間と食事の時間になると2階の自室の床が「ゴン、ゴン」と振動します。これはおばあちゃんが1階の真下のエリアから、箒の柄の先で天井をこずいているからのです。

 

そして下に降りてゆくと奥の座卓に食事の用意が出来ています。

 

先輩や私が座るとおばあちゃん、意気揚々とその部屋に入ってきて、おかずについての「キーワード」をいいます。「はつがつおだよっ!」とか「キン○マのすなはらいっ!」などなど。

 

「はつがつおって...先週もはつがつお」だったよなあ。どーいうこと?」など慣れない1年生の私は戸惑います。それに対して2年の先輩はさすがです。昨年の実績をもとに、おかずをパッと見して、今日のキーワードを言い当てるのでした。「すなはらいくるよ!!」

 

次の年、中学の後輩である新1年生が入ってきました。その頃には私も稽古の甲斐あって、大分キーワードの言い当てが出来るようになって来たのですが、冬のある日、夕食前にいつも通り現れたおばあちゃんでしたが、自分のこたつに戻ってからそのまま倒れてしまったんです。

 

幸い隣がかかりつけの病院だったので、すぐ入院し一命は取り留めたのですが、その日以降私たち下宿生3人は、おばあちゃんのご長男から預かる軍資金で数カ月間、外食三昧の日々を過ごすことになりました。

 

先輩のリーダーシップで、「藍屋」や「ステーキのどん」クラスにばかり行きました。気が小さい私は毎日「こんな高いとこで、ほんとにいいんすか?」の連続でした。

 

その後おばあちゃんは帰宅し、先輩は卒業。田舎の隣の中学校から新入生が入ってきました。また同じような日日が淡々と過ぎて行ったのですが、秋口のある日、おばあちゃんがまた倒れてしまいました。

 

再入院。それも前より重症でした。後輩の2人は、まだこれから先の在学期間も長いことから、他の宿を探して出てゆきました。その宿には入試も間近に迫りつつある私1人だけが残りました。「ごはん、どうしようかな...」

 

 

 

 

私「もしもし、おかあさん、下宿のおばあちゃんが...っていうことなんだけど、ごはんどうしたらいいかなあ?」

 

母「おまえが自分でつくるんだよ!」

 

私「毎食、ゆでたまごになっちゃうよ。それにご飯作る道具がないよ。一式買って送ってよ」

 

母「おばあちゃんちの道具を使うんだよ。炊飯器もフライパンもあるだろ!」

 

私「だって、ここんちゴキブリまみれなんだもん。使いたくないよ。10センチ近い黒いゴキブリが食器棚のなか何匹も歩いてんだよ。俺の部屋にだって一晩に5匹位出るんだから。今じゃ夜中カサカサって音がしただけで、電気つけなくてもたたけるようになっちゃったよ」

 

母「その都度食器洗ってから使えばいいだろ。今日からとりあえずやってみな!」

 

 

 

私はさっそくそのあと通学路にあるスーパーマーケットを訪れた。「これ買ってきて」というメモのない初めてのスーパーマーケット訪問。

 

「ご飯だがら、どりあえず米だよな...10キロ」

「それに、スパゲティもたべるかな...2キロ」

「野菜食べなきゃな...キャベツ2球、レタス2球、人参5本、きゅうり10本、トマト6個」

「何かかけなきゃか...サウザンドレッシング2リットル」

「はあ~、ひき割り納豆ってのはこれかあ。田舎じゃ売ってねーもんな...3個入りを5個」

「あとは...」

 

 

消費量や日持ちなどという知識はもちろんない。合計1万円くらいはした記憶がある。

 

「結構かかるんだなあ。この買い物、毎日続けられるかなあ...」

 

 

 

荷物は下宿に置いて、近所に住んでいる高校の音楽の先生(24歳・女性)のところに行った。何かあるとよく教えてもらいに行く方だ。

 

 

私「先生、下宿のおばあちゃんが...というわけんですよ。それで、ご飯炊くときに水ってどの位入れるんですか?」

 

先生「大変ねぇ。水の量はそんなに難しくないよ。お米研いだ後最後に水を入れるでしょ。そしたらね、水の中に手を広げて入れてね、お米にペタって手をつけるの。そうすると手首のところにしわが出来るでしょ。水の量はそのしわの線までにするの。やってみて!」

 

 

家に帰って男の厨房開始です。

 

「この炊飯器は5合炊き? ていうことはお米は5カップなんだろうな。」

「スパゲティは2キロ買ったよな。どの鍋なら入るかなあ」

「今日はサラダは面倒だからいいや」

「スパゲティのソースって、そういや買ってこなかったなあ。ひき割りを炒めてかけたらおいしいかもなあ。ひきわりは3個入りがひと単位だし、じゃあ6個も使えばいいか」

「ごはんはこれでスイッチオン」

「スパゲティ、このサイズの鍋でも入んないなあ...で、ゆでたらざるにあけて。水ですすぐんだよな、たしか。そばやがやってたもんな。」

「いけねー、ズパゲティソースなんもしてねーや...じゃあこれで6個入れて。ねばって広がらねーなあ...そうれにしても...納豆って...いためると...こんな臭いすんの?...あ~あ~あ~、それに焦げてきちゃったよ。あ~あ~、青い煙が...」

 

 

出来上がりました。

 

 

 

炊飯器を開けると中蓋に付くほどのご飯。芯があり端っこはつながっている、盛るお皿がないほどのスパゲティ。そしてこの世で初めて作られたであろう、ひき割りスパゲティソース(6パック分)

 

 

 

「こんなにだれが食うんだ?」

 

 

 

 

音楽の先生の指導もあって、はじめてにしては上手に炊けたと思います。しかしおかずがないので、手を付けられません。「まあいいや、ズパゲティあるしな」

 

水でよく引き締めたざるのままのスパゲティに特製ソースをかけました。

 

 

 

 

「食えるわけありません」

 

 

 

 

仕方ないので、特製ドレッシングを静かにどかし(こんな時納豆はひと塊りになってくれるので、作業しやすく助かりましたが)、サウザンドレッシングをかけました。納豆の臭いを消すためにと、500cc以上かけたと思います。

 

 

 

3口ほど食べたところで、その日は食欲が失せてしまい、ごちそうさまとなりました。

 

 

 

 

 

そして全部捨てました。

 

 

 

 

 

「おばあちゃん、早く退院しないかなあ...おれが入院しちゃいそうだよ」

 

 

 

 

 

今日はお題スロットの「思い出の味」より、「下宿にかかわるいいろいろな味」をご案内いたしました。

 

 

沈黙について

昨年末、身内に不幸があったため、今年の正月はどこにも行きませんでした。

 

元日から「時間があるなあ、何しようかな。外を出歩くと疲れるしなあ」と家の中をふらふら歩いていたら、おととし買ってそのままになっていた文庫本が3冊見つかりました。

 

「たしか新潮文庫の100冊から選んだんだよな。ちょうどいいや、これ読もう」ということで順番に読み進めることにしました。

 

その3冊とは、「沈黙(遠藤周作)」「金閣寺三島由紀夫)」「雪国(川端康成)」です。

 

今日はそのうち「沈黙」について少し書いてみることにします。

 

 

そもそも何の話なのか知りませんし、遠藤周作の作風自体まったく予備知識もありません。

 

ただ浪人しているとき、予備校冬期講習で現代文の堀木先生という方が「遠藤周作は、狐狸庵ものではなく、沈黙をこそ読むべきです」とおっしゃっていたのを覚えています。

 

「なんだろう、原爆かなんかのはなしかなあ」なんて思いながら講義を聴いていたのですが、もう入試直前だったこともあり、その時は読みませんでした。

 

今回読み始めてみると「隠れキリシタン?」という印象の出だしでした。ネットでも調べてみたのですが、遠藤周作キリスト教をベースにしたヘビーな作品を3年に1回位バシバシ世に出してきた方のようでした。

 

また参考までにですが、先ほど堀木先生の言葉の中に出た「狐狸庵もの」というのは、遠藤周作のもう一つの側面であるユーモアあふれるエッセイ群のことのようでした。

 

 

さて「沈黙」ですが、話の筋としてざっとこんな感じです。

 

フランシスコ・ザビエル以来、日本には何人もの外国人宣教師が入国し、キリスト教が浸透しつつあったのですが、島原の乱などにより危険な宗教とみなされ、家光らの時代の禁教、そして弾圧の対象となりました。

 

その中で初期に来日した宣教師にフェレイラという人がいたのですが、この人は教団内での地位も高く、母国では多くの弟子を持っていました。

 

しかし、そのフェレイラが幕府の方針転換による厳しい拷問の末「棄教(※信者であることもやめ、当然布教活動も行わないこと)」したといううわさが母国に伝わってきます。

 

直弟子たち特にロドリゴとガルベは「そんなはずはない」と、このうわさを確かめるために危険を冒して日本入国を決意します。

 

そして...。

 

 

全体のストーリーというか筋としては単純な方なのかもしれませんが、ここからは読み進むにつれて主人公・ロドリゴに降りかかるものすごい葛藤が、これでもかこれでもかと描かれてゆきます。

 

そして、そのジレンマの中に、この本の題名である「沈黙」とは一体何なのか、そしてなぜ沈黙なのかが、何度も何度も登場します。

 

 

1日の昼ごろから読み始め、2日の昼ごろ読み終わったのですが、初日の晩は読み疲れで体はぐったりするものの、頭の興奮が収まらず、すぐに寝付けませんでした。

 

先に上げた残りの2冊もこのあと読んだのですがが、これを機に遠藤周作の他作品も読んでみたくなり、「海と毒薬」「深い河」を買って読みました。

 

どれも読みごたえがあります。

 

まだ読んでいませんが「私の棄てた女」「侍」「イエスの生涯」などまだまだ遠藤作品はあるので、段々と読み進めてゆきたいと思っております。

 

 

 

さてそしてもちろん「沈黙」を読むまで知らなかったのですが、読み終わってからNETでいろいろ検索していたところ、この1月、2月にこれの映画(※名前は「沈黙ーサイレンス」)が上映されることになっていたのでした。

 

偶然も偶然でしたが、何とか1回だけ足を運ぶことができました。

 

2月の上旬で上映終了となってしまったので、どこかでもう1回見られなければビデオ化を待つしかないのが唯一残念なことです。

 

これはハリウッド映画で、監督はマーティン・スコセッシ、全編英語(字幕)なのですが日本からも、浅野忠信窪塚洋介イッセー尾形小松菜奈ほかが出演し、それぞれいい味を出していました。

 

台湾で撮影したのだそうですが、作品は比較的原作に沿って作られている印象で、細かい部分までとてもよく出来ていると思いました。

 

ただ上映時間を3時間以内に収めたいという方針(※作品は161分)の上で構成されたそうで、原作にある「これでもか、これでもか」という葛藤部分は便宜上さらっとまとめている気がしました。

 

もし時間制限を5時間とか10時間までなどとしたら、ぐったりして席から立ち上がれないようなものが出来上がったかも知れません。

 

 

ということで、今日は遠藤周作「沈黙」についてのご案内いたしました。

最近やってみた英語の勉強と思い出

最近4カ月ほどまとまった時間が出来たので、高校以来大の苦手どころかアレルギーの元凶であった英文読解にもう一度取り組むことにしました。

 

そもそもどのくらいひどいのかといえば、中学レベルでなのだと思います。思い起こせば高校進学と同時についてゆけなくなり(高3の英作文のでは10段階で2がついたこともあります)、以来巨大なコンプレックスでした。

 

それでも大学まで中学の知識とカンで切り抜け、社会人になってからは全く使用する機会がなくなったこともあり、そのまま数十年放置されてきました。

 

英語ではこんな思い出もあります。あれは大学入試に失敗し、浪人生活が始まって間もない頃のことでした。

 

当時付き合っていた彼女は先に大学入学を果たし、お互い落ち着いた頃なので、久々にコンサートでも行こうということになりました。

 

高校は違いましたが、3年間一緒に合唱をやっていたこともありますので、当時の私たちにとって聞いてみたいコンサートといえば大学合唱団の演奏会を指します。この日は東京六大学合同の男声合唱演奏会でした。会場は上野の東京文化会館大ホールです。

 

高校の先輩達も何人か来ていましたが、少し時間が早かったので「隣の上野動物園にちょっと行ってきます!」って言ったところ「おーおー、行って来い、行って来い」と気を使ってくれ、みんなニヤニヤしながら送り出してくれました。

 

2人きりになったものの、2か月前までとはお互い立場や環境が大きく違っているためか、ちょっと気まずかったり、噛み合わなかったりもあったのですが、「あの動物の目って宮崎緑(※当時売れていたニュースキャスター)さんみたいね」なんてたわいもないことで笑いながら、園内を回っていました。

 

そうしているうちに彼女は「今月、お誕生日だよね」と手に持っていた紙袋を手渡してくれました。「これ、おもしろかったから」と。開けてみると一冊の絵本が入っていました。

 

しかし取り出してみたら子供の絵本とはいえ、中身はすべて英語でした。

 

彼女としては、「毎日毎日難しいことばっかりやってないで、こんなのでたまには息抜きもしてよ」という気遣いだったのでしょう。しかし普段から格好ばかりつけて背伸びしていた私は、「こんなの読めねーよ!」なんてもちろん言えません。

 

ジンマシン出そうな動揺に襲われるなか、折角のプレゼントに「ありがとう」も「おもしろそうだね」もいえず、「頑張って...和訳してみるよ...出来上がったら...添削してな...」なんて彼女も興ざめなことを言ってしまった記憶があります。

 

それにそんな日は何をやっても駄目なものです。

 

演奏会は午後からなのですが、今はまだ午前中。動揺が収まらず、これがあとに「ヒビく」ことになってしまうのですが、「どっかでごはんたべようよ」というのを忘れてしまったです。

 

そしてそのまま会館に戻り、コンサートが始まります。

 

六大学合同のステージは人数も多く賑やかなものなのですが、大学ごとの演奏になると、たとえば東京大学などは人数が少ないのに加え、演目がアカペラ(※伴奏がないもの)のミサ曲(※教会の音楽でとても静かな曲)だったりします。去年は確かそうでした。

 

そして今年も東大の演奏は予想通りのステージ展開です。いやな予感がしました。

 

「あっ、来る!」と思ってすぐ

 

「こを~を、をを~~」

 

私のおなかが長々と鳴りました。

 

巨匠・前川國男による設計の東京文化会館大ホールは客席5階建2,303席を誇る大伽藍(がらん)。音響効果は抜群であることが、

 

このときわかりました。

 

まわりの人は引きつった顔で私を見ました。

 

隣に座っていた彼女はこっちを見なかったものの、ハンカチで口元を押さえ、

 

ものすごい速さで肩を上下に揺らしていました。

 

この事態を身近な例えでいいますと、お葬式でのおならです。

 

私は「外出る...」とだけいってその場から消えました。最後の合同演奏の時間になってもロビーから席には戻りませんでした。

 

背伸びのダメキャラがすっかりばれちゃって、上野の会場から新宿の下宿までそのまま走って帰ってしまいたかったです。

 

そしてそれから先、先の絵本を開くことは、いや、表紙を見ることさえありませんでした。

 

 

 

散々なお話でしたが、社会人になっても仕事では使わないものの、いつか時間があったら英語を読めるようになりたいな、そしてこのトラウマを消したいなと思ってはいました。

 

ちょうどそんな時に少し時間が出来たので、今回学習してみました。この4か月に取り組んできた内容については、またいつかご案内することがあると思います。語数にして25万語位は読んだと思います。

 

ただ1つだけ付け加えさせてください。

 

この4カ月の間に、ペーパーバックなどの英書を随分まとめ買いしたのですが、今月入荷したそのうちの一冊に、何と先ほどの絵本が混じっていたのです。

 

で、はっきりと思い出してしまったというわけです。

 

不思議なものです。

 

恐る恐る本を開けてみました。

 

そして読んでみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「?????」

 

 

 

 

 

 

 

この4カ月は一体何だったのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

ということで、今日は私の英語に関わるご案内でした。

 

 

自己紹介と最近の出来事

はじめまして。NEGISADAです。

 

40代の年男で、反抗期突入の長男・長女、反抗期のままの妻との4人暮らしです。

 

室内で犬も飼っています。

 

寄ってくるので頭をなでてあげるのですが、目を離すと「そこでするか...」という場所でおしっこをします。

 

そのため2階のベランダには、洗濯した綿製のラグが毎日何枚も干してあり、初めて当家にお越しいただく方にはとっても便利な目印です。

 

愛犬までもが反抗期なのでしょうか?

 

 

それから、始めに書きました私の名前のうち「NEGI」というのは私の名字の一部分です。

 

思えば小さいころから「ねぎ!」とか「ねぎたま!」ってよく呼ばれてました。

 

漢字は「根○○」で、「葱○○」ではないんですが、何でそう呼ばれるのか「ねぎ」って変なところで切って使われてましたね。

 

あまり好きではなかったのかも知れませんが、強い口調で呼ばれるとムカッとしたりしてました。

 

 

さてお話変わりまして、先日長男(中学生)から、「同じ部のヤマがうちに来るんで、群馬の「(店名忘れました)」まで車で送ってもらえないかなあ。ゲームのソフトが結構あるんだって」と頼まれ、時間があったので送ることにしました。

 

ヤマ君到着です。

 

長男 「よう、ヤマッ! 乗っ けてってくれるっていうから、後ろの席に乗れよ!」

 

ヤマ君「本当? 分かったよ、ネギッ!!」

 

 

私  「(ムカッ!)」

 

 

 

もう動物的反射なんでしょうね、悲しいかな。

 

 

もちろんヤマ君は私にきちんと挨拶した上で乗り込んで来ましたし、とても面白いいい青年です。道中ずっと後ろの席で盛り上がってましたし、話し足りないのかその晩はそのまま当家に泊って行きました。

 

 

そういえば小さいころ、私のおばあちゃんが「ねぎちゃん」と呼ばれていたのを覚えていますが、時間や場所や対象の人が変わっても、名字が変わらなければやっぱりこれが一番呼びやすく、自然に採用されるんすね。

 

 

ということで今日は、自己紹介とそれに関連する最近の出来事をご案内致しました。

 

 

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